かつて、中国と聞くと広い道路を幅いっぱい走る自転車の絵が浮かんだものです。平成生まれの世代にはピンと来ない風景でしょうが、『北京の自転車』という タイトルを聞くと、日本人の私でさえ懐かしい気持ちがしてきます。しかし、そんな風景は前世紀のもの。もちろん自転車は今でも健在ですが、道路では車に圧 倒されています。1978年に改革開放政策が打ち出され、市場経済に移行してからは近代化の波が北京に押し寄せ、本作が作られた2000年には人々はすで に贅沢が何かを目の当たりにし、それを手に入れようと躍起になっている。建築ラッシュが始まり、豊かさを求めて地方からは民工(出稼ぎ労働者)が集まる。
『北京の自転車』の原題は<十七歳的単車>。北京に住む二人の十七歳の自転車を巡る物語。職を求めて上京して来たばかりのグイには青春を満喫するゆとりな どない。数名の若者たちとともに新興事業の自転車宅配便の職に採用され、新品のちょっと目立つロード・バイクをあてがわれる。最初は無給だが、稼ぎが一定 の金額に達すれば自転車は自分のものとなり、あとは出来高制で稼げるというシステムだ。都会の様子や道に不慣れながらも仕事に精を出すグイ(ツイ・リン 崔林)。小さな雑貨店を営む同郷の先輩が何かと面倒をみてくれるが、先輩は向かいのマンションに住む有閑セレブが気になって仕方がない。この’高嶺の花’ を演じるのはジョウ・シュン。 配達をするごとにメモ帳に記録をして自転車が自分の物になる日を夢見るグイが健気だ。そしてそれが現実になろうという時に、事件は起こる。
もう一人の主役ジェン(リー・ピン 李濱)は高校に通う十七歳。家計は厳しく、父が再婚した継母の娘も幼いため、ジェンはまともに小遣いももらえない。自転車が欲しいと頼み続けても、その約 束は先延ばしされるばかり。ジェンの学校では流行っているのは自転車の曲乗り。 中古の自転車を手に入れたジェンは、仲間の間でも面子を保ち、自転車が取り持つ縁でカオ・ユアンユアン演じる同級生とも付き合いはじめる。しかし恋愛沙汰 も自転車次第。自転車はジェンのプライドと自信。自転車がないと腑抜けなジェン。彼女は曲乗り上手な男になびいてしまう。
グイの健気で素朴な様子。食い下がって必死な様子が痛々しく愛おしい。そんなグイの姿を通して格差社会が浮き彫りにされてゆく。今、日本でも親のネグレク トや解雇などで高校の学費を払うのがままならず、アルバイトをしながら学業の両立をしている高校生も増えている。公立高校が無償化になったとは言え、十代 で家族を支えるのは容易ではない。グイには高校進学と言う選択肢はなかった。そんなグイにとって自転車は命であり、北京で生きるために不可欠な身分証でも ある。
『北京の自転車』は2001年のベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞。二人の主演俳優もそろって新人男優賞を受賞しています。 ツイ・リンはその後、北京体育大学を卒業。テレビ・ドラマでも活躍しており、最近の<少林僧兵>では明代の僧侶役で、最近では烏龍茶のCMでもお馴染みのカンフーの達人サモ・ハン(『三国志』)やシンガポールの人気俳優クリストファー・リーと共演しています。
リー・ピンを発掘したのはワン監督と同期のルー・シュエ チャン監督。街でいかにも北京っ子風のリーを見かけワン監督に紹介したところ、主役に抜擢されたそうです。リーは職業学校で航空機器の整備を学びながら、 演技は現場で習得したとのこと。03年にはルー監督の『我が家の犬は世界一』に出演、05年には再びワン監督に起用され、主演のカオ・ユアンユアンと再度 共演した<青紅>がカンヌ映画祭で審査員賞受賞、同じく05年には『胡同のひまわり』など評価の高い作品に出ています。CMモデルから女優になったカオ・ユアンユアン(『君にほほえむ雨』)はワン監督のお気に入りらしく、その後も端役ながら<左右>に出演しています。ちなみに彼女はジョニー・トー監督の新作を撮り終えているとのこと。ルイス・クーとの共演とのことで、こちらも楽しみです。
『北京の自転車』の脚本も手掛けたワン・シャオシュアイ(王小帥) 監督は1966年上海に生まれ、その後貴州省や武漢で育ち、85年に北京電影学院監督科に入学。ロウ・イエ監督らと共に第六世代と呼ばれる。89年に学院を卒業後、福建の撮影所に派遣され、助監督になる。93年に撮ったデビュー長編<冬春的日子>がヨーロッパで高い評価を得るも、当局に無許可で撮影をしたことから中国政府のブラックリストに載り、製作活動が禁止された。97年の2作目<極度寒冷>は異名を使って様々な映画祭に応募、ロッテルダム国際映画祭などで上映された。日本でも公開された『ルアンの歌』(【中国映画の全貌2010】で上映)も、当初はベトナム人娼婦が主役の設定だったが検閲を通過せず、3年かけて修正を重ね、99年に上映許可が下りた。『北京の自転車』も、当局の検閲を得ずに海外の映画祭に出品したため、国内の上映許可は下りていない。ここまでは筋金入りのインディペンデント作家のようだが、それに懲りて以後は検閲を通し、08年の?<左右>はベルリン国際映画祭、銀熊賞の優秀脚本賞。ファン・ビンビン(『墨攻』、『新宿インシデント』)主演の最新作<日照重慶>は、今年のカンヌ映画祭のコンペティション部門にノミネートされ、今や中国を担う国際派監督になっています。海外を視野に入れながらも、中国の社会の今を切り取る作品を発表し続けている監督だけに、今回の『北京の自転車』をきっかけに特集上映が組まれる機会があればと思います。
『北京の自転車』は過渡期の北京を、失われつつある胡同や路地を映した貴重な記録とも言えます。狭い路地の自転車チェイスは手に汗握る緊張感に溢れていま す。当初王監督はどこでも撮れるだろうと思っていたら、実際には可能性は限られていたらしい。「撮影の間、ただひとつのシーンを終わらせるために全てのク ルーはしばしばロケ地から別のロケ地へ移動しなければなりませんでした。追跡のシーンでは、私たちはロケを繰り返すことができなかったのです。何故なら私 が常に別のアングルを使いたかったから」とのこと。【中国映画の全貌2010】では「胡同に生きてこそ」というプログラムがあります。『胡同の理髪師』といった名作に加え、日本初公開のドキュメンタリーも3本上映されます。
















もう一本の公開作品は2009年NHKアジア・フィルム・フェスティバルでも上映され、好評を博してアンコール上映作品にも選出された『シャングリラ』。
物語:幼い息子の突然の交通事故死を受け入れられず、悲しみにくれるジー・リン。事故の加害者との裁判も進展せず、自分の悲しみを理解してくれない夫との 仲もこじれている。そんなある日、生前、息子が宝探しゲームのヒントに描いた雲南省チベット族自治州にある梅里雪山の絵を見つける。衝動的にジー・リン は、その絵の場所・梅里雪山がある雲南省チベット族自治州に向かう。そんな彼女をずっと尾行している若い男がいた…。その旅の途中、彼女はいろいろな人と 出会う。その素朴な人々との出会い、そして小さな恋、雄大で美しい景観はジー・リンの心を癒したのだろうか…





