なんとも不思議な空気感を持った映画。とにかく皆さんに劇場でこの作品の世界に浸って欲しい…。舞台はロシアと国境を接する内モンゴル自治区満州里にある炭鉱町ジャライノール(紮賚諾爾/扎賚諾爾)。満州里市公式サイト

最近では「鉄ちゃん」なんて呼ぶようですが、皆さんが子供の頃、周りに鉄道/SLマニアがいませんでしたか? 『ジャライノール』が中国インディペンデント映画祭2009年で日本初上映された際には、それらしき中〜老年の男性観客が多く来場していました。映画に石炭を運搬する蒸気機関車が登場するということに加え、2010年でこのジャライノール炭鉱の蒸気機関車はすべて廃止が決まったこともあったようです。
この極寒のロケ地がなぜ選ばれたかは、チャオ・イエ(趙曄)監督インタビューへと読み進めて下さい。

ジャライノールの景色と空気が主役。それに加えて主な登場人物は二人といった趣もある。内モンゴルの雄大な自然を堪能出来る映像美。同時に炭鉱という20 世紀の遺物となった情景に漂う寂しさがある。石炭から電気へと燃料が代わり、そして定年を迎えた蒸気機関車の機関士、朱老(ジュー・ヨウシアン)もジャラ イノールを去る時が来た。朱老と後輩の警手、李治中(リー・ジーチョン)は共に働き、エンジン室で、そして仕事以外でも一緒にいる。朱と息子ほど年の離れ た李の物語は淡々としているようで、さり気ない会話、風呂場の様子、自転車に乗るシーンなど、丁寧に二人の関係が描かれる。

朱の寡黙な佇まい、そして李のちょろちょろした感じが素晴らしい。李が朱になついている様がなんとも愛らしく、追い払ってもついてくる子犬のようだ。こう いった様を演じてみろ、と言っても容易ではない。朱も李も素人で、俳優ではない。インディペンデント作品の素人起用は珍しいことではないが、中国の素人さ んにはいつも感心する。皆さん、根が役者なのだろう。李君に関しては、字幕を担当した翻訳家の最上麻衣子さんのブログでその知られざる素顔を知って下さい。最上さんには劇中で二人が歌っている台湾出身のルオ・ダーヨウ(羅大佑)の「戀曲1990」の動画も教えてもらいました。そしてチョウ・ユンファ、シルビア・チャン主演『過ぎゆく時の中で』の主題歌「阿郎戀曲」と して、サミュエル・ホイが広東語版を歌っています。ほかにも背景に流れる広がりを感じさせる音楽(作曲:林朝陽/リン・チャオヤン)も秀逸で、チャオ監督 のセンスの良さは随所に伺えます。長編二作目にして、すべてのさじ加減をわきまえている。そしてその演出力、撮影構成力(撮影監督は張乙/チャン・イー) そして脚本力。チャオ監督は1979年北京生まれ。2004年に北京電影学院卒業。アニメーション学科だったこともあるのでしょうか、今までの第○世代と いった中国の監督たちとは違うタイプの、伸び伸びとした才能を感じます。

中国インディペンデント映画祭が開催された2009年12月、チャオ監督は奈良で映画を撮っていました(日帰りで東京に来てQ&Aを行いました)。奈良出身の河瀬直美監督が立ち上げた「なら国際映画祭」の「NARAtiveプロジェクト」(地域活性化・人材育成を目的に奈良県下をロケ地にした映画を製作するプロジェクト)作品として撮られた『光男の栗』も『ジャライノール』公開記念の中国インディペンデント映画特集でプレミア上映されます。そして、チャオ監督の長編デビュー作『馬烏甲(マー・ウージャ)』(06)ほか計8本が再上映されます。中国インディペンデント映画祭2011は今年の6月に開催されますが、この機会に見逃した作品は是非見ておいて下さい。どれもニュースで見聞きすることからは見えない現実の断面を切り取った秀作です。

<監督のことば>
扎賚諾爾/ジャライノール(モンゴル語で“海のような湖”の意味)は、内モンゴル自治区満州里にある、炭鉱の町。中国の最北端に位置し、ロシアと国境を接 するジャライノールは、露天堀り炭鉱(露天鉱)として100年以上の歴史をもち、現役の蒸気機関車が見られる珍しい場所だ。
100年間の乱掘は、鉱山に巨大な穴を作りだし、そこには、ひっきりなしに蒸気機関車の音が響く。しかし、この“大きな坑”は、ほとんど枯渇していて、蒸気機関車の役目も終わり、大量の炭鉱労働者たちは、解雇の危機に立たされている。

<チャオ・イエ監督インタビュー>
◇この映画を撮るきっかけは?
◆“送君千里,終須一別” (君を千里送るとも、終には須く別すべし)という中国でなら誰でも知っている古いことわざが2000年頃に急に頭に浮かんだんです、理由はわかりません が。そしてこのことわざの意味を探りたくなったんです。それでストーリーを作り始めました。

◇映画の舞台となるジャライノール炭鉱を選んだ理由は?
◆テレビや新聞で蒸気機関車が次々と廃止されるニュースを見聞きしていて、昔から使われてきた機関車が次々と廃止されるのはもったいないと思ったんです。そしてここに物語があったら美しいと思ったんです。それもシンプルなストーリーが相応しいと思いました。
ジャライノール炭鉱は100年以上にわたって採掘が行われているところです。日常使う燃料も石炭から電気にかわって炭鉱自体も消えつつある。この映画では 2人の主人公の関係性と気持ち・感情を伝えたいと思ったと同時に、その場所や土地と、時代との別れも描きたかったんです。2010年には蒸気機関車はすべ て廃止されると聞いています。偶然ですが、この映画でその最後の姿を残せました。
映画の登場人物は2人の主人公以外はすべて現地の人たちです。地元の人たちはすごく協力的でした。炭鉱で働くモンゴル人は全体の10%ほどです。炭鉱労働者のほとんどは漢族です。

◇主人公の2人は俳優ですか?
◆2人とも素人です。全く映画とは関わりのない人ですね(笑)。李治中(リー・ジーチョン)は古くからの僕の友人です。朱老(ジュー・ヨウシアン)を演じ た老人は、リー・ジーチョンの家に遊びに行ったら、そこにリーのおじさんがいたんです。この人こそ老人役にぴったりだと感じて出演を依頼しました。
僕は演技指導はしません。その人ありのままでそこに居てもらえたらいい。撮影場所を選ぶ時も直感を大事にしています。この映画は「人の感情や心情」がテーマとなっています。人間模様、人と人との関係性を描きたいと思いました。

◇アニメーション学科から映画を撮ることになったのはどうしてですか?
◆アニメーション学科に入ったのは、北京電影学院でそこの学科しか募集していなかったからなんです。毎年どこの学科も募集があるわけではないんです。た だ、僕はアニメというよりもマンガ家になりたかった。日本のマンガが大好きで、高橋留美子さんや鳥山明さん…特に高橋留美子さんの「めぞん一刻」は大好き です。人々の人情を描くという部分で僕の描きたいテーマと共通していると思います。当初は映画と距離があったんですが、学校に入ってたくさんの映画を見て 衝撃を受けました。それで、自分でも映画を撮ってみようと思い始めました。
僕は映画を撮る前に絵コンテを用意します。自分の描きたいイメージを画にしてみます。それはマンガからの影響かわかりませんが。
(2010年8月来日時のインタビューから構成)

<ジャライノールとは>
ジャライノールと言う地名はこの地にある中国5番目の大きな淡水湖ダライ湖(達賚諾爾=ダライノール、モンゴル語で海のような湖の意、ホロン湖とも呼ばれ る)に由来するもので、1901年に東清鉄道(ロシア帝国が黒龍江省に建設した鉄道路線で、満洲里ー哈爾濱—綏芬河を結ぶ)がここに鉄道駅を作るとき、ダ とジャとを聞き間違えて駅名を定めたため、炭鉱や街の名はジャライノールと呼ばれるようになった。

東清鉄道沿線は治外法権地域としてロシアが主権を行使しロシアの行政府がおかれロシアの法律、通貨が使われていた。この状況はロシア革命で帝政ロシアが倒 されソ連になっても変わらなかった。1932年に満州国が成立後、日本はソ連から東清鉄道及びジャライノール炭鉱を買収し、炭鉱に関しては、満洲炭鉱株式 会社に経営を委託した(1941年にジャライノール炭鉱株式会社として、満炭から独立)。ジャライノール炭鉱の用途はロシア時代から専ら機関車燃料用で あった。

満州国の1936年統計ではジャライノールの総人口3870人で内日本人は129人であった。中国人3223人、ロシア人467人、その他51人となって おりその他の中にはギリシア人やポーランド人も含まれている。当時この地には構内掘り13ヶ所、露天掘り1ヶ所の採炭所があった。

日本敗戦後、完全に中国の炭鉱になったのは、1953年以降である。国の厚い保護により、構内掘り16ヶ所、露店掘り3ヶ所の採炭所を有する内モンゴルで トップクラスの炭鉱となった。しかし1990年代の市場経済への移行のなかで、経営が悪化、多くの採炭所の閉鎖を余儀なくされ、2006年には電力会社に 買収され、新たに出発するに至った。

中国・内モンゴル自治区ジャライノールにある石炭鉱山では、いつもたくさんの白い煙が上がり。何両もの蒸気機関車が石炭を運んでいた。この鉱山では石炭の 運搬に蒸気機関車を使用していた。 世界中のSLファンに「最後の聖地」と呼ばれる中国、内モンゴル自治区のジャライノール(Jalainur)。しかし、コスト面などの問題から現在はト ラックやディーゼル機関車への移行が進んでいる。
(蔵重信隆「レイル NO.65」“扎賚諾爾炭鉱と東清鉄道”等より)

協力:宣伝 スリーピン