上海を舞台にした、上海にこだわった作品。上海人同士であれば上海語(方言)で話すのが当然でしょう。筆者が上海に短期留学した際も、タクシーの運転手さ んの上海訛りの北京語がいまひとつ分からず、運転手さんにも外国人のそれもつたない北京語は推測がつかないようで、会話に苦労したことがあります。
上海というと何につけてもその発展した様子が紹介されがちですが、威勢よく洗濯物が干されている路地裏もまだ健在です。上海には例えば美容院用品御用達エ リア、衣類問屋のエリアなど、東京の下町に似た街歩きの楽しさがあります。開発の波に飲み込まれる部分がありながらも、いやだからこそ上海人の商売気質は 増々活気を呈しています。筆者が特に驚いたのは夏に上海に滞在していた時。朝からうだるような暑さの中、皆さん本当によく働くんです。
『再会の食卓』は、ワン・チュエンアン監督(『トゥヤーの結婚』・06)が聞いた実話から着想を得た物語:「台湾の老兵が上海の妻を訪ねると言うニュース をテレビで見ました。普通に見れば、単なる結婚生活での出来事ですが、その裏には前世紀の中台の傷跡が見え隠れしていました。」1949年に国民党が台湾 に撤退して以来、長い間中国と台湾が分断されてきたことによる両国の間の隔たりは、いや、そもそも両「国」というべきなのかといった政治/領土的議論か ら、個人の生活に至るまで、大きな影を落としています。
上海で暮らす玉娥/ユィアー(リサ・ルー)のもとに届いた一通の手紙。そこには、かつて生き別れた夫・燕生/イェンション(リン・フォン)が40数年ぶり に台湾から帰ってくると記されていた。しかし、ユィアーにはすでに新しい家族がいた。夫・善民/シャンミン(シュー・ツァイゲン)、イェンションとの息子 である長男・建国(ジュングオ)、二人の娘、娘婿、そして二人の孫──慎ましくも平穏に暮らす一家にとってイェンションの来訪は驚き以外の何物でもなかっ たが、心優しいシャンミンの計らいで、ご馳走をふるまい、寝床を用意し、精一杯イェンションをもてなすのだった。
イェンションは長い台湾生活によって、上海語が話せず、聞き取るのがやっとの状態になっていた。高層ビルが建ち並ぶ街並みにもかつての面影を見出すことは できない。イェンションは、ユィアーたちが購入したという建設中の高層マンションを見学に行った時、ついに本音を切り出す。「ユィアー、君を台湾に連れて 行くために来たんだ」。
あなたならどうする?この申し出を自分自身なら、伴侶なら、親なら、子供ならどう考え決断するか。突き詰めるところ愛か情か、思い出なのか将来を生きるのか、になるのか。それともそんなに単純なきれいごとでは済まされないのか。
ユィアーにはシャンミンに恩義もある。イェンションが国民党軍の兵士だったため、中国に残されたユィアーの人生は過酷なものだった。文化大革命の時には身 投げを考え、それを救ってくれたのがシャンミンであり、「建国(ジュングォ)」と名付けたイェンションとの間の息子も自分の子供として育ててくれたのであ る。
イェンションと過ごした日々は短くともそれは幸せな日々であり、ユィアーはそれを支えに今までの人生を生きてきた。
現実的な見方をすると、かつて愛した人でも40年後に一緒に住んでどうなのだろうか、 夫に先立たれた女性は長生きするというが、男性の場合は逆。以前ならまだしも、年老いた夫を見捨てていいのか。現実的で経済観念の発達した上海人なら台湾 と上海を天秤にかけてどちらが老後に適しているのか考えるかもしれない。言葉や気候も大事な要素であると同時に、住み慣れた土地にいたいか新しい土地で残 りの人生を謳歌するのか…。
ただ住み慣れた土地と言っても、ユィアーは暮しが変わらざるおえないことを分かっている。実際に下町から高層マンションに引越した彼らは便利さや快適さを 享受するより、失うものが大きく寿命が縮んでしまうのではないかとさえ思える。ワン監督にとっても上海での撮影は想像以上に困難を極めたという。「上海は すべてが極端な街です。まるで空想上の都市のようで、上海のどこをどういうふうに撮ればリアリティが出るのか最初は全く想像がつきませんでした。結局私 は、直感だけを頼りに撮影を進めました。完成した映画を見た時に初めて、現在の上海は中国全体の縮図なのだと気付きました。」
ユィアーを演じるのはリサ・ルー (盧燕)。筆者は昨年、ご本人にお会いする幸運に恵まれました。東京国際映画祭でアン・ホイ監督作品Q&A の司会通訳を担当したのですが、終了すると白髪のショートヘアで姿勢のいい長身の女性が近寄ってきて、ホイ監督と懐かしそうに抱き合いました。ホイ監督の 『おばさんのポストモダン生活』(06)の猫を抱いた近所のおばさんだ!と思いながら、その優雅な存在が発するオーラを感じました。ルーさんは1927年 北京生まれの上海育ち。アメリカで演技を学び、アメリカのTVドラマに数多く出演し、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』(87)で西大 后を演じた後もウェイン・ワン監督の『ジョイ・ラック・クラブ』(93)、アン・リー監督の『ラスト、コーション』(07)、ベニー・チャン監督の香港映画『インビジブル・ターゲット』(07)などに出演。『インビジブル・ターゲット』ではジェイシー・チャンの祖母役として印象に残る演技を見せています。
台湾からユィアーを迎えにくるイェンションを演じるリン・フォン (凌峰)は1945年生まれとルーさんよりかなり年下なのですが、まさに適役です。山東省青島に生まれ台湾で育ち、80年代に歌手として活躍。85年には 台湾金鐘奨最優秀男性歌手に選ばれました。87年、台湾で中国を紹介する初めての旅番組を製作するために、まず日本の中国大使館に赴くが、その動向がシン ガポールの新聞にリークされ、台湾に強制送還されてしまう。その後、親戚を訪ねるという名目で、北京に上陸を果たし、念願の旅番組を完成。その番組『八千 裡路雲和月』のナビゲーターを自ら務めたことで、台湾では一躍時の人となる。青島の女性舞踏家と結婚して以降は、さらに中台の交流に力を入れるようにな り、海外で暮らす中国人による基金を設立。中国国内に24の学校を建てるなど、中台の架け橋として活躍している人です。
映画の中ではユィアー、イェンション、シャンミンそれぞれの心の機微が慎み深く、そして歌や料理が時に言葉の代わりを果たして雄弁に語ります。シャンミン が市場で魚介類など買い求めるシーンが楽しいですが、ここにシャンミンの精一杯のプライドが見て取れます。中国では東北男子はマッチョ系、大柄でたくまし いけれど、南方の男性は女性に尽くしてくれるし料理上手と聞きますが、シャンミンは典型的南方男子のようです。そして日本だったらイェンションのような立 場の人が、ユィアー夫妻宅に滞在するのは考えられないことかもしれません。ユィアーの子供たちとてそうでしょうが、ここでシャンミンはイェンションが断固 家に泊まることを通し、精一杯のおもてなしをするのです。これにはシャンミンの意地と男気が感じられますが、今まで里帰りが出来なかった、そして親の死に 目にも会えなかったイェンションに上海の家庭を味わわせてあげたいという気持ちもあったのでしょう。
ワン・チュエンアン監督は1965年陝西省延安市生まれ。子供の頃から歌舞団に入り、自身も俳優の経験を積んだ後87年に監督を目指し北京電影学院に入 学。卒業後は西安映画スタジオで多くの脚本を手掛ける。2000年に<月蝕(原題)>で監督デビュー。モスクワ国際映画祭で国際審査員賞を受賞したのをは じめ、フランス、イタリア、韓国などの映画祭に出品され、注目を集める。03年の<驚蟄(原題)>もベルリン国際映画祭などで好評を博し、主演を務めた ユー・ナンは中国金鶏奨とパリ国際映画祭で最優秀主演女優賞を獲得。同じくユー・ナン(余男)を主演に迎えた06年の『トゥヤーの結婚』では、内モンゴル 自治区を舞台に、一人の女性の結婚を巡る悲喜こもごもをドラマティックに描き切り、ベルリン国際映画祭で見事に金熊賞(グランプリ)を受賞。今後もユー・ ナンを起用していくと話していましたが、方向転換。4年ぶりとなる本作もベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品され、若手女性脚本家のナ・ジン と共に銀熊賞(最優秀脚本賞)を受賞しました。その際に賞を手渡したのは、審査委員の一人で、すっかり国際女優となったユー・ナンでした。
*今まで金熊賞、銀熊賞ともに受賞の経験がある中国大陸の監督はチャン・イーモウとシェ・フェイ(謝飛)。
受賞に際しワン監督は「家族は再会し一緒になるべきだが、それは容易ではない。離れていることはつらいけれど、一緒にいるのが実はもっとつらいこともあ る」と語りました。この作品がベルリンという地で受賞したことは、別の象徴的な意味を持ちます。東西ドイツが再統一される1990年までの21年間にわた り壁で分断されていたベルリンの市民にとっても、本作は痛いほど共感出来る作品だったに違いありません。
協力:宣伝 グアパグアポ


















この作品に関しては、折りに触れこちらのサイトでも引き合いに出してきました。時期はいつになったとしても、この傑作が公開されることを願ってきました が、ついに公開されます。筆者は2007年の東京国際映画祭で本作品が上映された際のQ&Aの司会と英語通訳を担当し、来日したジョニー・トー監 督に会う機会に恵まれました。舞台上でほとんど緊張することのない私ですが、Q&Aの最中、広東語通訳者の訳した日本語を英語にする際、鋭い確認 のまなざしをこちらに向けているため、冷や汗ものでした。監督はちょい悪オヤジなオーラを発しながらも、熱心な観客からの質問を楽しみながら答えていまし た。
本作、筆者は見た直後に「もう一回見たい」と思いました。観客から話の整合性が取れているのでしょうか、という挑戦的な質問が挙りましたが、これに対して 監督は、「これは挑戦的な映画であり、見た人自身で評価をして欲しい。人にはいろんな人格があり、変わっていく様を見てもらいたい」といった主旨の返答を しましたが、確かに見終わった後、多少の混乱は起こるかもしれません。緊張感と疲労も伴うかもしれません。しかしこれがスリリングで最高にエンターテイニ ングなんです。ジョニー・トー作品ではお馴染みのラウ・チンワンとラム・カートン(『
そして現職の刑事コウ(ラム・カートン)がいる。敏腕ではない。そもそもなぜ刑事という職業を選んだのかよく分からない人物と言える。小銭稼ぎのために小 細工をするタイプ。知的なのかそうでないのか、しかし凶暴な人格(チョン・シウファイ・『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』、『
ワイとともに脚本を手掛けたのはアウ・キンイー。脚本家デビューはジョニー・トーがプロデュースを手掛けた『共闖天涯』(95)<未>。「銀 河映像」に所属し、ワイ・カーファイ、ヤウ・ナイホイ、イップ・ティンシンらとの共同執筆で脚本を担当。『マッスルモンク』『マッド探偵』(いずれも共同 脚本)では香港電影金像奬の最優秀脚本家賞を二度受賞している。また、同賞のノミネート数も多く、98年の第二十七回大会では、エントリー作品に『MAD 探偵』と『天使の眼、野獣の街』(07)の二作が入った。
撮影監督はチェン・シウキョン。80年代末から撮影を担当。90年代前半には、サイモン・ヤム出演の『海狼』(91)<未>などで監督も務め ている。早くからジョニー・トー作品に参加し、内容に添った映像美をその都度つくり出してきた。最新作は、トー監督の『奪命金』(10)< 未>。





