パン・ホーチョン初の日本での劇場公開作品。その才能にいち早く注目し、04年に日本初登場にして特集上映を組んだのは当時の東京国際映画祭(TIFF) 「アジアの風」のプログラミング・ディレクター暉峻創三氏(てるおかそうぞう・現大阪アジアン映画祭プログラミング・ディレクター)。パン監督は暉峻氏に 『AV』 (05)でAV嬢の悪徳マネージャー役に暉峻という名前を付けるという嬉しいんだか迷惑なんだか分からないパン流の感謝の意を表していました。その後09 年を除いては毎年TIFFで作品がかかり、ファンの間では「パン・ホーチョンのいないTIFFなんて」と言わしめるようになり、前売券完売最短記録も持っ ているらしい香港の奇才。以前、『イザベラ』(06)が特集上映の中の一本として上映される機会はありましたが、満を持して「日本解禁」されます。
筆者は今まで毎回TIFFでの監督のQ&Aの司会を担当してきましたが、サービス精神旺盛のパン監督によってお客さんと共にいつも楽しませてもらっています。
パン監督は、今まで多様なスタイルの作品に挑戦してきました。青春、アート、ラブ・コメ、ギャグ系… そして本作は、惨殺シーン連続のホラー・サスペンス。今まで見たことがないような殺戮シーンには、チン・ガーロウ(『新宿インシデント』)がアクション指導で参加している。しかしいわゆるスプラッターとは違う、不条理劇。いや、不条理だからこそスプラッターなのかもしれない。
07年に香港湾岸エリアの超高級マンション:映画の原題でもある「ビクトリアNo.1」で殺人事件が起きる。被害者は警備員に始まり、臨月の妊婦までが惨殺される。殺人犯は果たして銀行員のチェン(『エグザイル/絆』 のジョシー・ホー)。しかし仕事はやり甲斐とはほど遠く、同僚とともに銀行の顧客リストをほかの会社に売りさばいて憂さを晴らしている。その小金で旅行に 行く同僚を尻目に、彼女は終業後にバイトをしてまで貯金をしている。時は遡って91年。元船乗りで海の見えるところに住みたいと願った祖父、そして「俺の ようになるな、勉強して広い家に住めるようになれ」と建設作業員の父が繰り返すのを聞いて育ったチェンは、「ビクトリアNo.1」に住むという夢を抱くよ うになる。チェン一家の住む下町のアパートは卑劣な手段で立ち退きを強行する地上げ屋がはびこり、幼馴染みのシウトウ一家も出て行かざるおえなくなった。 99年、チェンは大学を退学して就職をする。まだ幼い弟もいる家計を支えるためだ。その間も地価は跳ね上がり、マンション購入は夢のまた夢と思われたが、 チェンの「ビクトリアNo.1」に住むという願望は執着に変わってゆく。04年、母が亡くなり、今度は父の肺の病が明らかになる。長年の建設現場作業でア スベストを吸っていたことが原因だが、チェンがこつこつ貯めて来た住宅資金を切り崩さなくては、治療費も手術代も払えない。その頃「ビクトリアNo.1」 に理想の空き物件が出る。頭金を払う段になり、ついに夢に手が届くかに思えたその時、株式市場の急激な高騰に乗じて売り主は強気の態度に出る。腐れ縁のよ うな関係が続くシウトウ(香港の人気歌手・俳優のイーソン・チャン)は、妻子持ちで金までせびって来る始末で相談相手にもなってくれない。徐々に追いつめ られていくチェンが選んだ手段とは…。
私たちに身近な住宅問題が背景にあるだけに、その現実味を帯びた怖さがある。東京でも、こんな価格で誰が買えるのかねぇ、という物件は数多し。しかし不景 気や高齢化で郊外ではシャッター商店街が増えたこともあり、住居の都心化志向は進んでいる。日本でもオーシャン・ビューは人気で、東京の豊洲のマンション を購入した知人は値上がりをしたと喜んでいた。しかし震災後、埋め立てや湾岸エリアでは液状化の問題、そしてオール電化やエレベーター頼みの高層マンショ ンにとっては別の懸念も生じている。『ドリーム・ホーム』は時代設定から日本のバブル時代を彷彿とさせるところもあるが、パン監督下記のようにコメントし ている:
子供のころから、ひとつの疑問が私の心にずっと引っかかっていた。香港はまわりを港と海に囲まれているのに、どうして海の見えるアパートメントの値段は、 400平方フィートもないような部屋でも、あんなに高いのだろう? それは、ミッドレベル地区の丘の斜面に住む人々の祖先が、早くも1800年代の東イン ド会社の時代にこの地に現われ、アヘンを扱ったり、外国商館の持ち主と一緒に商売したりしてひと財産作り、眺めの良い土地をわれがちに買いあさったかのよ うだ。
いま香港の若者は、自分のフラット(マンション)を持つという希望を失っている。彼らは心の奥で、人に言えないような、どんな違法な仕事をすればスイー ト・ホームが買えるのだろうと考えたことがあるに違いない。ある晩、私と友人とで夕食を共にしていたとき、不動産価格が急騰していることについての文句の 言い合いになった。その後、私は、家を買おうとしている人間の殺人物語を創作した。その物語の主人公について言えば、彼女が殺したのは人間たちではなく、 天文学的な不動産の値段だった。彼女は香港の不動産市場を膨らませ続けているデベロッパーに対して、もっとも血なまぐさい方法で抗議しようとしたのだ。
長期にわたる香港の成長は、土地開発者に支配され、同時に制限されてきた。それはすでに自然なことのようになっている。殺人や汚い仕事すら、自由市場の名のもとに行われかねない状態だ。
「ビクトリアNo.1」の住人たちからも香港らしさが垣間見られる。いかにも親のすねかじりな若者(共同脚本も手掛ける『イザベラ』 のデレク・ツァン)たちの集う部屋。大音響の音楽、クスリ、連れ込んだ女たち。別の部屋では有閑妊婦が携帯片手におしゃべりに興じ、そこには東南アジアか らの住み込みのメイド、そして大陸の出張ついでに浮気をする夫。そんな彼らを容赦なく惨殺するチェンを演じるジョシー・ホーは、マカオのカジノ王で、今年 90歳になるスタンレー・ホーの娘としても知られる。ウィキペディアの記載を 引用すれば「曾祖父は広東省出身の女性と結婚したユダヤ系オランダ人」、「35年以上に亘ってマカオのギャンブル産業界に君臨し続けており」、ジョシーは 「4人の妻と17人の子供」のうちの一人ということになる。そんな住居の心配はおろか、「ビクトリアNo.1」よりずっとセレブな住まいで育ったであろう 彼女を主役に起用すること自体パン監督のユーモアと思わせるが、本作はジョシー自身が夫でもあり俳優、ラッパーなど多くの顔を持つコンロイ・チャンととも にプロデューサーをつとめている。元々は男性の設定だった主人公を女性にし、自分が主役を買って出た。この怖い物知らずなやり方はさすがお嬢様。しかし編 集権を巡ってジョシーと監督の間でもめ、公開時期が延期になる事態も起こった。
撮影監督はユー・リクウァイ(『PLASTIC CITY プラスティック・シティ』ほか監督)。一連のジャ・ジャンクー監督の作品の 撮影監督としても知られていますが、かなり早くから居を中国に移した香港映画人です。そして一番香港を去らなさそうなパン監督も、仕事の拠点を北京に移し ました。北京語も苦手らしい監督まで大陸に行ってしまうのか、とも思いますが、資金がなければ撮りたい映画も撮れない。いかにも検閲を通らなさそうなパン 監督作品ながら、「面白そう」あるいは「金になる」と思う投資家が大陸にいるとすれば、大陸の脚本審査にも風穴が開くかもしれません。
パン・ホーチョン映画の愛すべきことのひとつは私小説的な親密さ。男たちがいい加減でだらしない、と言うよりはカッコ付けずにそのまんまの姿で登場させて いること。ほんとのところはモテるためにカッコは付けたいんだが、その心理を見事に暴露させている点では女性にも必見。これは男優たちにとっては楽しいと ともに、結構な賭けでもある。本作公開にあわせて、そんなパン・ワールドを堪能出来るパン・ホーチョン監督作ベスト・セレクション「パン・ホーチョン、おまえは誰だ?」も上映されます。
『ビヨンド・アワ・ケン』(04)では自身も「白馬の王子様的役が多かった」と語るダニエル・ウー(『新宿インシデント』、『ブラッド・ブラザーズ ―天堂口―』) を女の敵のような男ケンに仕立て、「ダニエルみたいなルックスだったら絶対モテ男になってやる」、「ルックスがいいからってアイツばかりなぜちやほやされ る」という男子心理をたくみに表現する一方、これは元カノと今カノが結託するガールズ・バディ・ムービーでもある。監督は「女性ファンのためにダニエルの 上半身裸のショットを用意しました」と、女性ファンを喜ばせることも怠らない。ケンと付き合っているシャーリー (タオ・ホン)の前にケンの元カノ、ワイチン(ジリアン・チョン)が現れる。ケンはワイチンを一方的に振ったあげく、自分とのエッチな写真をネット上に載 せたと言う。ワイチンはその写真を取り戻すためにシャーリーに近付いた…。下世話ではありますが、ジリアンを巻き込んだ、その後の香港のスキャンダルを考 えるとパン監督、予言者ではなかろうか。ちなみに「ケンの役は本当は僕が演じたかった」とは監督の弁。
撮りたい映画を撮る姿勢として、一番分かりやすいのがその名も『AV』。 下心だけで映画製作を装いAV女優を日本から呼んでしまう香港の大学生…という男子の欲望をそのままに撮っているようで、緻密さが見え隠れする。そしてパ ン監督は、身近に起こった実話の取り入れ方が天才的に上手い。そして凄まじい。ちょっとでも恥ずかしいネタ、面白い話を監督にしようものならその日のうち に脚本に組み込まれているかもしれない。これはちょっと危険だ。下手すれば訴えられたり友達に去られるところだが、監督の強みはビジネス・パートナーでも ある俳優のチャップマン・トー(『イザベラ』)や彼の長年のよき理解者であるプロデューサーに恵まれていること。
筆者の好きな監督の長編デビュー作、『ユー・シュート、アイ・シュート』 (01)も是非またスクリーンで見る機会がほしいところです。10年前のこの作品も、不景気で仕事の依頼が減った殺し屋がプロモーション・ビデオを撮ると いう奇想天外なものですが、『ドリーム・ホーム』に通じるところもある。不況をも創造の源にしてしまうパン監督、今後の世界の指針を示してくれることで しょう。監督は3月の来日中に地震を経験してびびったようですが、懲りずに今年もTIFFに来て欲しい。ファンの皆さんとの「同窓会」、私も今から楽しみ にしています。