ジェット・リー(『ウォーロード 男たちの誓い』、『ドラゴン・キングダム』)が人混みを道の向こうから歩いてきたら、彼だと気付くでしょうか。小柄で、派手さはない風貌。『エクスペンダブルズ』 (2010年・現在パート2が製作中) においては、肉弾共演者たちから「チビ」と揶揄されいじられる役柄(もちろん滅法強いのだが)。確かに見るからに強そうなマッチョ軍団とは違い、知らなけ れば警戒もしないかもしれない。でもフツーの人が実は強い方が意外だし、かっこいい。
ジェットは香港電影金像奨の最優秀男優賞を受けた『SPRITスピリット』(06) 以降はアクション映画からは引退するという噂が流れました。ジャッキー・チェンも一時はアクションを封印するといったことを口にしていたようですが、日々 鍛え、過酷なシーンを演じ続けることがいかに大変なことか。そしていつの日かアクションができなくなったら…そんな焦りをアクション・スターは誰しも持っ ていることでしょう。ジャッキーは、アクションは多用しながらも『ラスト・ソルジャー』(10)、『ベスト・キッド』(10) といった作品ではうまいこと若手を立てて、老年の渋みを出しつつあります。
1954年生まれのジャッキーに対し、ジェットは63年生まれ。筆者はジェットの『少林寺』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズを リアルタイムには見ていませんでした。82年『少林寺』で映画デビューし、98年に『リーサル・ウェポン4』に出演してハリウッド・デビューを果たした ジェットですが、後に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズを見て、筆者はジェットの人柄があってこそ演じられるウォン・フェイフォン (実在した武術家)役に魅せられました。おごらず、自分より周りを先に思いやる気持ち。それ故に、『海洋天堂』でのジェットの役もしっくりきたのです。
そして、『ドラゴン・キングダム』紹介の際にも触れましたが、ジェットは「壱基金」 を設立し、熱心に慈善活動に取り組んでいます。そんなジェットだからこそ、日々を懸命に生き抜く父親役をも説得力を持って演じられたのでしょう。ちなみに ジェットの役名はワン・シンチョン(王心誠)であり、この映画は「平凡にして、偉大なるすべての父と母に捧ぐ」と結ばれています。
一人っ子政策下の中国で は特に重い課題に取り組んだ本作。『北京ヴァイオリン』(02) の脚本家として知られ、自身の経験とリサーチに基づき本作を書き上げ監督デビューしたシュエ・シャオルー(薛暁路)。まるで演技ではないかのように自閉症の息子、ダーフー(大福)を演じたウェン・ジャン(文章)、まさに彼女ならではの役を演じているグイ・ルンメイ(『いえない秘密』)、そしておせっかいでもあるけど、父子を心配する気持ちとシンチョンを思う気持ちが伝わってくるジュー・ユアンユアン(朱媛媛) など配役も素晴らしい。
ちなみにジェット・リー、以前はアメリカ国籍を取っていましたが、現在はシンガポール国籍を取得。アジアに住みながら、二人の娘により国際的な教育を受けさせるためという父親心もあるようです。
| スマトラ沖地震の被災をきっかけに、慈善活動に尽力するジェット・リー。 |
|---|
| 2004年12月26日、ジェット・リーは一家でバカンス中にスマトラ沖地震に遭遇。長女を抱え首まで海水に浸かるという経験もしたが、家族全員無事救出された。その際にモルジブで回復を待つ間、援助が出来る人は誰もが積極的に手をさしのべる姿を見て深く心を動かされたリーは、2007年4月、1人+1ドル+1ヶ月、賛同者一人一人が毎月1ドルを献金するという‘壱(ワン)基金’を創立。もともと彼の中にあった、新しい国際的な救済機関を設立したいという構想が実行に移されることになる。 その後も‘壱(ワン)基金’の活動を続け、2008年前半は映画の仕事を控えるという言葉通り、プロモーションの仕事はいくつかこなしていたものの、基本的には慈善関係の仕事をメインに動き回っていた。そんな中、5月に起きた中国四川の大地震。死傷者10万人以上というこの震災に対し‘壱(ワン)基金’もすぐに動きだす。リー自身も17日に四川省に入り、一般のボランティアに交じって救助活動をする。これを機にチャリティへの意欲はさらに強くなり、ついには1年間映画の活動は休止し、チャリティに専念するという声明を発表、精力的に活動を続けた。2009年には「世界に影響を与えた中国人」に選出され、国連の世界保健機構(WHO)の親善大使に、2010年には国際赤十字の親善大使にも任命されている。 本作『海洋天堂』は復帰第1作目である。 |
| プロダクションノート |
|---|
| 感動の脚本を生み出した、14年間に渡る自閉症ボランティア。 本作はシュエ・シャオルー監督が14年間続けた自閉症支援施設でのボランティア活動を元に生まれた。 1994年、北京電影学院の研究生だったシャオルーは、自閉症に関するインタビュー記事をきっかけに自閉症児の母であったティエン・ フイピン(田恵萍)と出会う。フイピンはその前年に国内で初めての自閉症児童を支援する民間施設、北京星星雨教育研究所を設立していた。この研究所の資金は、自閉症児の学費と社会保障から賄われていたが、労働条件の悪さにより、教員の流動も早く、20人の自閉症児を3人の教員が見ているなど問題を抱えていた。この状況を知った監督は、週2回、自閉症児の身の回りの世話から、食器洗いなどの手伝いを始めることになる。 1998年、北京電影学院を卒業し、中国中央電視台(CCTV)での職を得た監督は、ボランティア活動を研究所の映像資料の作成をはじめとした幅広い広報活動に移していくようになる。同じ頃、研究所では保護者による自宅での養育が重要だと考え、「自閉症児を預かり面倒を見る」ことに加え、「保護者の訓練」を始めていた。 多くの自閉症児の保護者は80年代生まれの一人っ子であり、自分亡き後残される子供への心配は切実な問題だ。シャオルーは、この現状に理解を深めて欲しいという想いから、本作の脚本を執筆。長年自閉症児と接してきた自分が監督するのがいいのではと初監督に挑戦した。 |
| 【監督プロフィール】監督・脚本:シュエ・シャオルー(薛暁路) |
|---|
| 1989年から北京電影学院 映画・文学学科に在籍し、1993年の卒業後1996年まで、同学院の修士課程で脚本と映画理論を学ぶ。翌97年から98年までオーストラリアのシドニー工科大学でMBAを取得。1998年から2002年には、中国中央電視台(CCTV)の教育番組制作センターでディレクターとして従事した。2003年より現在まで、北京電影学院文学学科の副教授として修士指導教官を務める。 手掛けた映画脚本は、トゥアン・チーシュン監督「紫禁城奇恋」(94)、ウェン・ラン監督「和愛一起長大」(95)、チェン・カイコー監督『北京ヴァイオリン』(02)、ニン・ジンウー監督「奪子」(03)、スン・ティエ監督『北京の恋―四郎探母』(04)など。監督と共同脚本の『北京ヴァイオリン』は、サン・セバスチャン国際映画祭で最優秀監督賞と最優秀主演男優賞をダブル受賞するなど、各地で高い評価を得た。 テレビシリーズの企画や脚本も手掛け、代表作は、中国で初めて家庭内暴力を描きタイトルが流行語ともなった『知らない男と話をするな』(01)。他に「譲愛作主」(00)、「天堂鳥」(企画/01)、「浮華背後」(企画/02)、「迩在微笑我却哭了」(04)、「孝子」(06)を手掛けた。 本作で映画監督デビュー。第13回上海国際映画祭メディア賞部門にて作品賞と新人監督賞を受賞した。 |
| 『 』…日本公開 「 」…日本未公開 |
| 【シュエ・シャオルー監督インタビュー】 |
|---|
| Q:14年間のボランティア活動の中で、何をきっかけに今回の映画が生まれたのですか? |
| A:自閉症の方やその家族との長年の接触を通し、私は彼らに自然と親近感が湧き、彼らが置かれた境遇を身近に感じるようになりました。その頃接していた子供たちは、今は映画のターフーと同じ年頃で、彼らの両親はすでに60歳を越え、焦燥感は日増しに募っています。死期は迫り、子供たちの未来は依然として茫漠としたままだからです。 2003年、北京はSARSの影響で緊張感に満ちていました。私の親友(ターフーのモデルとなった自閉症の息子を持つ母親)は、感染区域にいたため、一ヶ月間隔離され、息子と引き離されてしまいました。彼女は後に「あの時一番恐ろしかったのは、もし万一私がSARSで死んだら、息子はどうなってしまうのだろうということだった」と語りました。当時は死が切迫していただけに、そうした親の憂慮と不安感をいっそう身に染みて感じたものです。いろんな感情が渦巻き、そこで私は、この映画の企画に取りかかりました。 |
| Q:ワン・シンチョン役にジェット・リーをキャスティングした経緯をお聞かせください。 |
| A:その経緯はまさに奇蹟でした。ジェット・リーさんはビックスターでありギャラも高額です。当然、私は彼を起用しようなどと考えもしなかった。絶対に不可能だからです。ところが、あるきっかけで、脚本が製作側から彼の手に渡り、物語に描かれた真実の感情が彼の心を揺さぶりました。さらに、ジェット・リーさんが設立した壹基金は、毎年模範プロジェクトを選出していて(全国のNGO組織から最も優秀な団体を選出し、100万元を寄付)、私がボランティア活動をしていた自閉症機構こそ、偶然にも第一回最優秀団体だった。しかも選出の過程において、ジェット・リーさんは一般の方以上に自閉症を理解していました。これらの経験から、彼はこの物語にいっそう感銘を受け、ノーギャラでの出演を決意したのでしょう。私はこの知らせに正直すごく驚いたし、とても感動しました。 撮影の準備期間中、私たちは彼に自閉症に関するたくさんの映像資料を見せ、自閉症の子供たちと触れ合う機会を作り、施設の先生との座談会を設けました。彼は真心を込めて私たちに協力し、役作りに没頭したのです。 |
| Q:ターフー役にウェン・ジャンを起用した一番の決め手は?また、彼にどんな演技指導をしましたか? |
A:この映画にとって、ターフー役は一番の要で、私には明らかな要求がいくつかありました。 第一に見た目の良さ。経験上、自閉症の子供たちと普通の子供たちとの外見的な違いはなく、むしろみんな可愛い顔をしていると知っています。だから、ターフー役を見た目の良い俳優にしたかった。そうすることで、より観客の同情や惜しいという気持ちを引き出せるからです。第二に明るく純粋な気質が必要でした。子供っぽくあどけない眼差しは自閉症児の特徴のひとつだからです。第三は、演技経験豊富で実力のある俳優であること。そうでなければ、自閉症の特徴を掴めきれません。第四は若い俳優であることです。
私たちは、広範囲から選抜した俳優たちに自閉症の人々と会ってもらい、演技をしてもらいました。その中でウェン・ジャンは非常に際立っていた。彼は単に役作りのためだけではなく、自閉症の人たちと心で通じ合っていたのです。 ウェン・ジャンは、約3ヶ月間、モデルとなった子供と一緒に食事し、寝て遊び、水泳をしながら、自閉症に関する約300時間分の映像資料を見ました。さらにターフーの全シーンを何回もリハーサルし、ターフーの動きから反応、台詞の声や語調などを完璧に作り上げたのです。 |
| Q:チンタオを舞台にしたのは何故ですか? |
A:この映画には2つの場所が必要です。ターフーが幼い頃住んでいた海辺の街と、現在生活している内陸の街で、だからこそターフーにとって水族館はより大切な場所となる。ですが撮影期間や製作費の制限から、撮影場所を移動するのは難しい。だから、3つの条件を満たすロケ地が必須でした。第一に風景が美しいこと。第二に沿海都市であること。第三に水族館があることです。そこでいくつかの都市を比較し、最終的にチンタオを選びました。 |
| Q:『北京ヴァイオリン』と『海洋天堂』の親子愛の描き方の相違点とは? |
| A:『北京ヴァイオリン』の父子の間にはコミュニケーションがあります。父と息子がぶつかり合って、その不一致や彼らそれぞれの動きが、物語を構築し発展させていくのです。一方、『海洋天堂』は、ターフーが自閉症のため父親のみが動く。父子の間には不一致もぶつかり合いもありません。それでも、面白く人を感動させる物語に仕上げなければならず、私にとっては、『海洋天堂』のストーリー構成の方が、はるかに難しかったですね。 |
| Q:ターフーが暮らす施設で饅頭を売っていますが、実際に中国の民間施設では、ああいう形で運営費の一部を賄っているのですか? |
| A:中国の民営福利機構が存続していくのは大変です。国家から実質的な援助を得るのは難しいし、国内の慈善寄付の制度も万全ではなく、寄付を受け難いというのが実情。饅頭販売はフィクションですが、民営の福利機構が八方手を尽くし、一生懸命に生き抜いている姿を目の当たりにしてきたことは確かです。 |
| 2011年3月メールインタビューにて |
『海洋天堂』プレスシートより
協力:宣伝 クレストインターナショナル

















第一に見た目の良さ。経験上、自閉症の子供たちと普通の子供たちとの外見的な違いはなく、むしろみんな可愛い顔をしていると知っています。だから、ターフー役を見た目の良い俳優にしたかった。そうすることで、より観客の同情や惜しいという気持ちを引き出せるからです。第二に明るく純粋な気質が必要でした。子供っぽくあどけない眼差しは自閉症児の特徴のひとつだからです。第三は、演技経験豊富で実力のある俳優であること。そうでなければ、自閉症の特徴を掴めきれません。第四は若い俳優であることです。
A:この映画には2つの場所が必要です。ターフーが幼い頃住んでいた海辺の街と、現在生活している内陸の街で、だからこそターフーにとって水族館はより大切な場所となる。ですが撮影期間や製作費の制限から、撮影場所を移動するのは難しい。だから、3つの条件を満たすロケ地が必須でした。第一に風景が美しいこと。第二に沿海都市であること。第三に水族館があることです。そこでいくつかの都市を比較し、最終的にチンタオを選びました。
この調べ、時代設定、若く純真なカップル。予告編を見ただけでまさに日本人が大好きなチャン・イーモウ(張芸謀)監督の世界が帰って来た、という感動が呼び起こされます。文化大革命下の中国という背景事情を除けば、若い二人の純愛物語はシンプルなものです。そして筆者は見事してやられました。結末が読めていても、いや、だからこそ二人をどう描くかが重要なのですが、映画が終わった後しばし席を立ちたくありませんでした。余韻に浸り、二人の為に泣きたかった。そしてそれは誰にもある、恋愛経験の純粋な部分を思い出し共鳴した涙でした。以前、通訳を担当した友人曰く「艶っぽい男」、チャン監督はそんな罪深い罠を確信犯的に仕掛けたのかもしれませんが、それを実行するには観客が納得する役者が必要です。
お下げ頭の少女のヴィジュアルだけで『初恋のきた道』のチャン・ツィイーが否応なく彷彿とされますが、ヒロインのジンチュウを演じる主演のチョウ・ドンユィ(周冬雨・92年生まれ)は撮影時には17歳。その無垢で華奢な容姿は歳よりも幼く見えます。相手役のスンを演じるショーン・ドウは(竇驍・88年生まれ)北京電影学院、演劇課の現役学生です。今回は来日したシンデレラ・ボーイ、ショーンに話を聞きました。英語で直接話をしたため、カジュアルなインタビューとなりました。 



タイトルが指す「サンザシの樹」は、この樹の下で亡くなった抗日戦争の兵士の血が染み込み、白い花が赤く咲くという、革命精神の象徴。若い二人を繋ぐロマンチックなモチーフとして登場しますが、ここでも抗日の歴史の爪痕が語られます。そしてショーンに取材をしたのが丁度撮影クランク・アップだったという<金陵十三釵 Nanjing Heroes>(今年の12月に中国で公開予定)、主演のクリスチャン・ベールが『




