魔都と呼ばれた時代の上海を舞台に、スリル溢れる駆け引きのドラマが展開する…と書くと陳腐に思われるかもしれませんが、この映画の魅力は1941年の雰囲気を建築や衣装で堪能すると共に、コン・リーという女優を見ることだと思います。

1965年に瀋陽で生まれたコン・リーは今年46歳。デビュー時代の雰囲気を残しながら、年を経るごとに女っぷりが上がっています。
北京中央戯劇学院在籍中にチャン・イーモウ監督に『紅いコーリャン』(87)の主演に抜擢され、その後チャン監督のミューズとして『菊豆(チュイトウ)』(90)、『紅夢』(91)、『秋菊(しゅうぎく)の物語』(92)、『活きる』(94)、『上海ルージュ』(95)と主演したコン・リー。カンヌ映画祭最高賞パルム・ドールを受賞したチェン・カイコー監督作品『さらば、わが愛/覇王別姫(はおうべっき)』(93)などから、世界に対してコン・リー=中国人の女性像と言えるほどのイメージが焼き付けられたと言えるでしょう。日本では「中国の(山口)百恵ちゃん」と呼ばれ、98年には即席麺のコマーシャルにも出演していました。99年の『きれいなおかあさん』では全編ノーメイクで聴覚障害を持つ息子の母親を演じ、モントリオール世界映画祭最優秀女優賞、金鶏奨最優秀主演女優賞受賞など高い評価を得ました。その後02年の『たまゆらの女』では、二人の男性の間で揺れる芸術家を演じ、新境地を開きました。映画のスタイルは異なりますが、筆者には『たまゆらの女』で見せたコン・リーの魅力と本作の彼女にどこかだぶるものを感じます。

華やかさと存在感。『SAYURI』(05)では、芸者役を日本人女優が演じないことが問題視されましたが、風格と気品を備え、かつ肝の座った女優が今の日本にいるでしょうか。生活をきちんと営みながら、女優としての品格もある高峰秀子のような人を望むのはもう所詮無理というものでしょうか。

『SAYURI』でハリウッドにも進出、『マイアミ・バイス』(06)、『ハンニバル・ライジング』(07)に出演。『王妃の紋章』(06)では久しぶりにチャン監督作品に復帰。私生活では96年にシンガポール人実業家と結婚(その後離婚)、シンガポール国籍も取得し、中国人からバッシングを受けたこともありました。しかしその後も共演したコリン・ファースとの噂などでも華やかな話題を振りまき、本作で共演しているジョン・キューザックとも現在熱愛報道がありますが、本作を見ていると無理もない、という気がします。コン・リー、本作の登場シーンからしてあまりに妖艶。「任務」を帯びて中国に降り立ったポール(ジョン・キューザック)は、危険な香りを察しながらアンナ(コン・リー)の抗し難い魅力に好奇心を押さえられない。そして彼女には黒社会と繋がっている夫アンソニー(チョウ・ユンファ)がいることを知る。そして彼らと関わったことから、ポール自身の人生を大きく変わることになる…。

コン・リーとチョウ・ユンファの組み合わせといえば絢爛豪華な『王妃の紋章』の王女と王がありますが、『シャンハイ』の二人も夫婦とは言え、同時に腹の探り合いをしている関係です。諜報員にレジスタンスが暗躍する緊張感のあるドラマが展開しますが、
日本人にとってこの映画が面白い点のひとつは、1941年という時代が外国(アメリカと言ってもいいでしょうか)の目線で見られること。ここから西のドイツ、東の日本が敗戦に向かっていくと考えると興味深いです。そしてアメリカの立場はどうだったのか。上海は二万人のユダヤ人を受け入れた、というくだりがありますし、南京虐殺も背景として触れられ、ストーリーにも影響を与えています。ただ『シャンハイ』は善と悪を決めた描き方を目的とした映画ではなく、思想と愛に翻弄された人間模様が展開されます。そして風刺画などでは出っ歯で貧相に描かれる日本軍人が、タナカ少佐を日本きっての国際派、渡辺謙が演じているためなんだかカッコよすぎる気もしますが、そこはハリウッド映画というものでしょう。

≪ストーリー≫
1941年、上海。いくつもの国が、その都市を分け合っていた。イギリス、フランス、アメリカ、そして日本が租界を置き、妖しくも危険な“魔都”を制しようと、睨み合っていた。
上海に降り立った米国諜報員ポール・ソームズ(ジョン・キューザック)は、親友である同僚のコナー(ジェフリー・ディーン・モーガン)と、カジノで落ち合うはずだった。コナーは現れず、ソームズは美しい中国女性とポーカーで対決し、完敗する。
米国領事館からの迎えで海軍情報部に向かったソームズを待っていたのは、変わり果てたコナーの姿だった。ソームズは上官のリチャード・アスター大佐(デヴィッド・モース)から、遺体は日本租界で見つかったこと、コナーは上海三合会のボス、アンソニー・ランティン(チョウ・ユンファ)を捜査していたことを知らされる。アンソニーは日本人と取引をして、汚い仕事を請け負う街の黒幕だ。
ソームズは友人であるドイツ領事館の技師夫人のレニ(フランカ・ポテンテ)を頼り、上海ヘラルド紙の記者に扮し、ランティンが出席するドイツ領事館のパーティに潜り込む。ランティンとの会話の糸口を掴んだソームズは、彼から日本軍大佐タナカ(渡辺謙)を友人だと紹介される。更に紹介されたのはランティンの妻、アンナ(コン・リー)──彼女こそカジノで出逢った女だった。ソームズは彼女に、カジノに出入りしていることは夫には秘密だと口止めされる。
ソームズは捜査線上に浮かんだ日本領事館のキタから、コナーには日本人の愛人スミコ(菊地凛子)がいたことを知らされる。ソームズとアスターはスミコのアパートに踏み込むが、すでに彼女の姿はなかった。アパートに暗室を借りていたコナーは、ランティン夫妻とタナカを隠し撮りした写真を残していた。
さらにいくつかの事実が判明する。タナカは日本軍情報部のトップで、海軍と空軍を掌握していた。政治家だったアンナの父親は南京事件を非難し、日本軍に殺されていた。彼女はランティンと結婚することで、日本軍の手から逃れていたのだ。
そして事件は、クラブでのショータイムの最中に起きた。反日組織であるレジスタンスが日本軍のテーブルに爆薬を仕掛け、激しい銃撃戦に発展したのだ。その場に居合わせたソームズは、すべてアンナの指示だと見破る。彼女は父親の遺志を継ぎ、夫に隠れて革命の指導者として暗躍していた。ソームズは理想に燃えるアンナに強く惹かれ、「僕が力になる」と約束する。
 アンナの伝言を仲間に渡したソームズは、彼らが一人の女を隠れ家から移動させるのを目撃する。その直後、逮捕したレジスタンスから情報を得たタナカが、その場に到着する。その女こそがスミコだったのだ。もはやアンナへの想いを抑えきれないソームズ。妻の秘密を知っても、命をかけて守ろうとするアンソニー。執拗にアンナを追うタナカ。果たしてスミコは、アメリカと日本、どちらのスパイだったのか?やがてコナーが探っていた空母“加賀”が、800キロの魚雷を積んで、密かに上海の港を出発する。コナーが握った、死に値する機密とは? すべての謎を解くカギは、男たちの“愛”にあった──

ミカエル・ハフストローム【監督】
1960年、スウェーデン、ルンド生まれ。ストックホルム大学で映画を学んだ後、ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツに入学する。卒業後は、フリーの映画評論家としてキャリアをスタートさせるが、次第にスウェーデンのテレビで助監督や脚本家の仕事をするようになり、やがてテレビドラマの監督を手がける。95年、『Vendetta』で映画監督デビューを果たす。その後、『Leva livet』(01)、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた『Ondskan』(03)、『ポゼッション』(04)等を監督。05年のジェニファー・アニストン、クライヴ・オーウェン共演のサスペンス『すべてはその朝始まった』で注目される。07年には、スティーヴン・キングの同名小説を基にした、ジョン・キューザック、サミュエル・L・ジャクソン共演のサスペンス・ホラー『1408号室』で高い評価を得る。オスカー俳優のアンソニー・ホプキンスを主演に起用した『ザ・ライト-エクソシストの真実-』(11)は、今なおバチカンには悪魔祓いの育成所があり、日常的に儀式が行われているという事実をエンタテインメントに昇華した衝撃作で、サスペンス映画の新しい可能性を示した。

≪PRODUCTION NOTES≫
 『シャンハイ』のプロデューサー、マイク・メダヴォイは1941年、上海生まれ。まさに租界で生まれた彼は、自分が生まれたその時、その場所で展開するドラマをかたちにするのは、まるで天命のように思えたという。
 『シャンハイ』の撮影は5か月近くに渡って行なわれたが、何よりの驚きはほとんどの主要シーンが、舞台となる上海では撮影されなかったことだろう。観客がこの映画で目にする“魔都”上海の風景は、ロンドンとタイで撮られているのだ。「当初は上海での撮影を視野に入れていた」とハフストロームは語るが、それはかなわなかった。しかし、そのおかげで撮影は取り組みがいのある、大きなチャレンジとなった。
7週間にわたるロンドンの撮影では上海租界が再現された。「当時の上海の建築物は19世紀初頭にロンドンの建築家によって建設されており、ロンドンにも同じような街並が残っている。できるだけ当時の上海と同じような建築物を使いたかったんだ」とはハフストロームの弁。

協力:株式会社フラッグ