孔子の唱えた教えを体系化したものである儒教に関して、筆者は以前はあまりいい印象を持っていませんでした。年長者を敬うということは間違ってはいませんが、年長者だからといって、正しいことをしているとは限りません。仕事や親戚の決めごとでも、時と場合によっては、年功序列や年が上と言うだけで先輩風を吹かし、周りが迷惑を被るといった弊害も引き起こします。また、「家の中の悪事は外に出さない・親はこの悪事を隠し、子は親の悪事を隠す」という思想は、昨今の多くの事故がきちんと議論され、省みられることがない状況にも反映されているのではないか。「人口が多い中国では事故も多い。悪いニュースばかりだと暗くなってしまうから、事故の多くは地方紙に載っても全国紙には載らない」という話も聞く。中国の列車事故、日本の旧原子力保安院といい、隠蔽体質を儒教思想のせいには出来ないけれど、この東洋のDNAどうすりゃいいの…丁度そんなことを考えている時期に『孔子の教え』の試写を見ました。
-四十にして惑わず、五十にして天命を知る…、
七十にして、心の欲するところに従って、矩を踰えず。
-己の欲せざるところ、人に施すなかれ。
このようなあまりにも有名なものから、今まで知らなかったものまで、恥ずかしながらその教えの網羅する範囲に驚きました。自分の名前に松があることから、筆者が好きなものは:「子曰、歳寒然後知松柏之後凋也=厳寒の冬でも松の樹は葉を落とすことがないことを知る」です。「寒さが厳しくなってはじめて、松のような常緑樹が枯れにくいことがわかる。人もまた厳しい局面になったときに真価がわかるのだ」というものですが、「厳寒の三友」、松竹梅は長寿、喜ばしきものの象徴として日本でもお馴染みですが、自然に哲学を見ると言うのは何と風流なことか。コンピューターの画面を前に、学ぶことは多々ありますが、自然を愛で、肌で感じることはできません。果たして孔子はどのようにして数々の教えを導き出したのか。彼は、樹の下でじっと瞑想をしていた訳ではありません。
フー・メイ(胡玫)監督は、この映画の製作に5~6年を費やし、「孔子がどうやって思想を形成したのか、どのような生活を送っていたのか、リアルな孔子像を重視しました。彼の人生経験が最大の見どころ」であり、「現代を生きる観客に受け入れられるような描写を目指した」と語る。『孔子の教え』を見て驚いたのは、その精神・肉体的にも苦難と受難に満ちた流浪の人生。孤児でありながら、苦学の末に戦の策士として権力者に重用されるも、貧しい家の出だということで差別も受ける。
孔子を演じるのは香港俳優→国際俳優→中国俳優と進化を続けるチョウ・ユンファ(『シャンハイ』)。最近は彼の持ち味が出る、コミカルな演技の役柄がないのは残念ですが、外見も中身も桁外れの大物の孔子は、誰もが演じられる訳ではありません。フー監督は、チョウ・ユンファを抜擢した理由をこう説明しています:「史実によると、孔子は身長が高く、2メーター近くあるのです。何より重要なのは、そのカリスマ性です。波乱に満ちたあの時代に弟子が3000人いて、後に政治家や思想家までもが彼についていくのです。さらに、孔子は六つの才能を持っていました。音楽、書、馬車の運転も上手で、当時、馬車を運転するのに腕力は欠かせないものでした。武術も達者で、性格も明るい。孔子を色々な角度から研究するうちに、だんだんとその人物像が立体的に見えてきました。決して、みなさんがイメージするような弱々しい識者像とは違うのです。それらの史実をふまえた上で、孔子を演じられる中国を代表するカリスマ性のある役者は、やはり、チョウ・ユンファしかいないと私は確信しました。」
そもそも誰もが手掛けたいであろうと同時に、誰もが恐れをなすであろう神格化された孔子を映画化するきっかけに関して、監督はこう語っている:「漢の時代は様々な思想家が存在していましたが、すべての思想が廃止された中、儒教だけが学術として認められたのです。それから何千年、歴史がどんなに変わろうとも、儒教は独占的に伝えられてきた歴史があります。でも、私はその絶対的に支持されてきた理由がわからなかった。孔子とは一体どういう人物で、なぜ、彼の思想が大切にされてきたのか。また、それとは裏腹に、孔子は文化大革命では批判対象でもあったわけです。孔子までをも批判した中国という国、そして、その歴史上に混在する彼の存在意義。そのギャップが気になり、彼のことをもっと知りたいと思ったのです。
「2500年前の人物ですから、記述と文献は多く残されていません。実はクランクインする前に、どのような切り口で彼を描くのか、様々な議論が交されました。歴史の専門家と識者からは、孔子の思想を全部入れなさいという意見もありましたが、私は「二時間の映画で、彼のすべての思想を網羅するのは絶対に無理です。どうしても思想を知りたければ本を読めばいい」と言い返しました。すると彼らは、孔子は偉大な思想家だから、思想家としての風格を表現してほしいと。しかし、思想家を映画で描くことも無理です。思想家の思想というのは、ひとつのスタイルですから、“考える”ということを映画で描くのは不可能なことなのです。」
監督は、「映画製作を諦めようと思ったぐらい、様々な人々から、孔子を主人公として触らないほうがいいなど、様々なことを言われた」と言う。最初は60回シリーズのドラマとして2年かけて脚本を仕上げたにも関わらず、映画に変更したのは「映画は2時間しかないので、色々な要素を入れるのは難しく、その分、様々なことを言われる数が減る」という理由からだそうだ。
「なぜ孔子を主人公に撮りたかったかというと、今の時代に必要だと考えたからです。現在の国際情勢を考えると、戦争や宗教対立、核兵器の強化など、21世紀に入っても戦いは絶えない時代となっています。私は世界の人々に、戦乱の時代の中、自らの信念を曲げず、和を唱え続けた彼の生き方を見せることが必要だと思ったのです。一方、中国国内の状況に目を向けると、経済はかなりの勢いで発展しているものの、若者は信仰心を持たずに、どう生きていけばいいのか、人生の哲学というものがわからないまま成長しています。果たして、それは中国としていいことなのかと考えると、いいことでは決してない。人は生きていく上で、人としての正しい道を知っておかなければいけないのです。私は中国の若者に、それを伝えたかったのです。」
そして、筆者の問いにも監督は解釈を与えてくれている:「西洋、いわゆるヨーロッパの哲学思想は人間の自由、個性、自己が非常に大切にされるものです。一方、東洋、特に儒教の教えはあくまで他人との関係、他人への思いやりを非常に大切にするものです。漢字にもその思想は表れています。例えば“仁”という漢字。これは二人の人間関係を表しています。親に対しては親孝行しないといけない、兄弟あるいは先生に対しては尊敬しないといけない。他人に対し、尊敬と愛情、そして責任を持ちなさいという思想は、東洋中心の儒教の教えであり、そこが西洋と東洋の根本的な違いになると思うのです。」
映画に華やかな色を添えるのが、ジョウ・シュン(『酔拳 レジェンド・オブ・カンフー』)演じる奔放で聡明な衛国君主の妻。フー監督としては、2500年前にこんな影響力を持った女性がいたことを描きたかったのかもしれない。ほかの出演者には、孔子を国外追放に追いやる魯国の権力者・季孫斯の息子季孫肥を演じるルー・イー(『初恋の想い出』)といったスター俳優、そして孔子の弟子たちの個性豊かな描写も楽しめます。孔子から最も信頼されている顔回は、特に鮮烈な印象を残します。はまり役を演じたレン・チュアン(任泉)は、上海戯劇学院卒業。『戦場のレクイエム』(08)にも出演しています。
もうひとつの注目は、ウォン・カーウァイ作品でも知られる王菲(フェイ・ウォン)が主題歌を歌っていること。一時は引退もささやかれた歌姫ですが、つい先頃もシンガポールやマレーシアでコンサートを行いました。
筆者は昨年末に友人と山東省に旅をしました。北京から電車で、まず向かったのが孔子の故郷であり、世界遺産にも登録されている曲阜市。さぞや大観光地かと思ったら、曲阜行きのバスがなかなか見つからない。教えてくれる人もあっちだそっちだと心もとない。ようやくバスに乗ると、帰宅時間らしく、地元でホテル経営などをしている企業のバッジをつけた社員たちがどっと乗って来た。前にいる人の名札に「孔」と書いてある。孔子の子孫かもしれない人に会ってしまった!と一気にテンションが上がる。ところがほかの人の名札も見ると、あの人もこの人も孔さん。このバスの孔さん度は高い、と言うより曲阜には孔さんが多いようだ。気候のいい時であれば、孔子ゆかりの地詣で観光客がさぞ多いであろう孔廟、孔府、孔林なども二人占め状態。冬の澄んだ空気のせいか、孔子の教えを注入されたような気になった私たちでしたが、『孔子の教え』を見ると自分の安直さを思い知らされるのでした。


「速やかならんと欲すれば即ち達せず。小利を見れば即ち大事成らず」
(早く成果をあげたいと思うな。眼の前の小さな利益を見るな。成果を急げば達成しない。小利に気をとられれば大事は成し遂げられない。)
「士 重荷を背負い いばらの道を屈せず」
(学を志す士は心が強くなければならない。荷うものは重く、道は遠い。〈仁〉を自分の荷として負うのだ。〈仁〉を背負って死ぬまで道を行くのだ、なんと遠い道であろうか。曾子の言葉。)
| 【監督 胡玫(フー・メイ)】 |
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| 1958年9月2日、北京生まれ。父は指揮者、母は音楽家という音楽一家に生まれる。73年、高校卒業後、人民解放軍総政治部話劇団の俳優だったが、78年、文革中に閉鎖されていたが、再開した北京電影学院に入学(78年入学組は第5世代と呼ばれ、同期にはチェン・カイコー監督やチャン・イーモウ監督がいる)。82年に、解放軍の八一映画制作所に配属され、84年、李暁軍(リー・シャオジン)とともに、軍隊の生活を送る女性たちを描いた『女児楼』を共同監督して注目される。86年、退役した老兵士の生活を描いた『戦争を遠く離れて』で、監督デビュー。その後、『無槍槍手』(88)、『江湖八面風』(91)、『情帰鷺島』(91)、『都市槍手』(92)を監督した他、「漢武大帝」(05)など多数の歴史テレビドラマを手掛け、多くのテレビ賞を受賞した。また、02年に監督したオーストリアとの合作『愛にかける橋』では、オーストラリアから恋人を追って中国へ渡ったワグナー夫人の激動の人生を描き、ベルリン映画祭やモントリオール映画祭などに出品された。 |
協力:ザジフィルムズ
















「1982年、日本で爆発的な大ヒットとなり、ジェット・リーを一躍スターにしたカンフー映画の歴史的金字塔『少林寺』。この作品によって少林寺は世界的にも知られるようになり、カンフー=少林寺というイメージは揺るぎないものとなった。」これは映画の資料からの引用ですが、筆者は当時の興奮を知りません。小学生の頃からロック少女だったので、この頃は音楽以外のものはスルーしていたと思われますが、この
香港出身のベニー・チャン監督(『
アンディ・ラウがカンフー・アクション映画の主演…?と思う人もいるかもしれませんが、彼が演じるのは将軍・候杰(こうけつ)。天下を取るためには手段を選ばない男が、仏門に入ってから体験する目覚めは、お金を払ってまで「断捨離」をしようとする現代人にとって、羨ましくも映ります。あらゆる欲から解放されればされるほど、ボロを纏っていても微笑みが浮かぶ。悟りでもあり一種の快感でもあるように見える、この境地をアンディが共感を持って演じています。
そしてキレる演技が冴えを見せるニコラス・ツェー、魂を悪魔に売る腹心の部下・曹蛮(そうばん)を演じています。冷酷でも、まだ国益のことは考えている侯杰に比べ、曹蛮は国の動脈である鉄道まで外国政府に売ってしまおうとします。
そして彼らを導く方丈を演じるのは82年の『少林寺』の「蟷螂(かまきり)拳チャンピオン」ユエ・ハイ。60年代に武術の国家代表団コーチとして世界各地で中国武術を広め、少年時代のジェット・リーと共にアメリカ公演をするなど活動をする中で映画会社の目に止まり、2人揃って『少林寺』のためにスカウトされ、爆発的な人気を博したことから数多くの映画やドラマに出演。すでに引退していたところを、本作のために映画復帰したとのこと。 




