ホー・ツーニェンをゲストに迎えて2月4日(土)に開催されるSintok2012 キックオフ・イベント『ホー・ツーニェン作品上映会&トークショー』の詳細はこちらをご覧下さい

現代美術の展示では、アジアのアーティストはまだまだ集客に苦戦を強いられると聞きますが、森美術館が2月4日から開催するのは、高い評価を得ている韓国人アーティスト、イ・ブル。筆者はイ・ブルが群馬県の原美術館アークに常設展示作品の披露に来日した際に同行する機会がありましたが、イ自身は気のいいお姉さんという印象を受けました。ダイナミックさと緻密さが同居する作品は、素材の面白さも手伝い、有機的な生き物のようです。ソウル郊外に広いアトリエがあるといったことを話してくれましたが、創作の源や過程が大変気になるアーティストでもあります。アジアのアーティストといえば、森美術館は2009年にアイ・ウェイウェイ展「何に因って?」も開催しています。2011年に拘留されてからはアーティストとしてより民主活動家的位置で語られることもあるアイですが、彼の最新作<Disturbing the Peace>は現在(2012年1月)開催中のロッテルダム国際映画祭で上映されており、ドキュメンタリー作家としての地位も築いています。

そしてイ・ブル展と同時にギャラリー1で開催されるのが「日本だけでなく世界各国で芽生えている豊かな才能に注目する」MAM プロジェクト。森美術館では初めてのシンガポール人アーティストの個展となるホー・ツーニェン(何子彦)展。森美術館の南條史生館長は以前からホーに注目していたようですが、それは2006年の第1回目の開催から「シンガポール・ビエンナーレ」のアーティスティック・ディレクターを務めていることも大きいのでしょう。2009年にスタートした現代アートの祭典「堂島リバービエンナーレ」(隔年開催)では、シンガポール・ビエンナーレの出品作品の中から「政治的、社会的、文化的な問題提起を行う選りすぐった26作品を紹介」、ホー・ツーニェン作品も展示されました。

2006年のシンガポール・ビエンナーレで同じく南條氏に選ばれたシンガポールのアーティストにブライアン・ゴソン・タンがいます。タンはその後シンガポール映画界の重鎮、エリック・クー監督の映画会社にスカウトされ、『愛を探すこどもたち』(08)で映画監督としてデビューしましたが、その後も舞台美術、建国記念日パレードのメディア演出などを手掛け、今2012年1月にはシンガポールで個展を開きました。

さてホー・ツーニェンですが、彼もアーティストであり映画監督であり、「アピチャッポン・ウィーラセタクンに続く才能」との呼び声も聞こえてくる注目の存在です。2011年のベニス・ビエンナーレには、シンガポール代表として参加しており、そこで上映された『未知なる雲』(2011-2012)は、森美術館とシンガポール政府の文化機関ナショナル・アーツ・カウンシルのコミッションにより製作された作品で、今2012年1月にはサンダンス映画祭でも上映されました。作品も美術展から映画祭へ渡り歩き、もはやアートか映画かという問いは野暮なのかもしれません。5月に開催されるSintok シンガポール映画祭で上映されるホーの長編デビュー作『HERE』(09)はカンヌ映画祭の監督週間でプレミア上映されました。様々な解釈の出来るこの特異な作品は、ホーのほかの短編とは全く異なる趣があり、ホーの知性と引き出しの数の多さに驚かされます。ある種の「状況劇場」と呼ぶべきか、ホーが好んで起用する素人の役者といい、観客といい、ある状況に置かれどういったリアクションをするのかによって作られる作品があります。例えば《ボヘミアン・ラプソディ・プロジェクト》:「役者」はオーディションがあると聞いて、かつて最高裁判所だった場所に集まった人たち。彼らはオーディション自体が作品だとは知らされていないのです。

シンガポールでは境界を越えた、あるいはそもそも自分の活動の枠に縛られないアーティストの台頭が目立ちます。昨年原美術館で日本初の個展を開いたミン・ウォンも、2009年にベニス・ビエンナーレでスペシャル・メンション/審査員奨励賞(Special Mention Expanding World)を受賞したことで一気に国内外の知名度が上がりました。ミン・ウォンも、すでに存在する映画の世界を模倣し、自分が役になりきるということでは、主演(ときには登場人物全員!)兼映画監督をこなす希有な存在です。

そして筆者がビデオ・アート/映画の分野で興味を持っているのはチャールズ・リムです。リムはかつてシンガポール選抜のセーリングの選手であり、つねに水や海を身近に育った背景が、作品にも反映されています。2011年のベネチア映画祭オリゾンティ部門でスペシャル・メンション審査員奨励賞を受賞した短編<All Lines Flow Out>は、下水道など水の流れる風景を描きながら、実はシンガポールで留置されていたテロリストが脱獄した経路を描くという裏テーマがあったりするのです。どこかとっつきにくいところもあるビデオ・アートですが、何か紐解くきっかけがあると視界が開けることがあります。上映の際につねにアーティストがその場で解説をする機会があるとは限りませんので、これは私たちが感性を柔軟に、そして研ぎ澄ましておくことが要求されるのかもしれません。よって、選んだ表現によってアーティストは観客を選んでしまうということも言えるかもしれないのですが。

協力:森美術館