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『初恋の想い出』
「何かのパーティでヴィッキーとイーがデュエットをしているのを見て、とても絵になるカップルだと思った」。それがきっかけで配役に決まったという二人。
設定は幼なじみ。引越が多かった私には、子供の頃からずっと同じ官舎で育ったなんて羨ましい甘い響きです。
フォ・ジェンチイ監督は北京電影学院美術学部卒。映画美術を担当後、監督に転身。日本で大ヒットした『山の郵便配達』(99)は、中国映画ファンを確実に増やすことになった名作ですが、中国では公開されずじまいだとか。日本での評判の高さで逆輸入的に評価されたそうです。北京では、中国語の授業中にこの映画を見たこともあります。
『初恋の想い出』は、新聞に掲載されていた実話に基づいていますが、下手をするとお昼のメロドラマかドロドロになりかねないところですが、そこはフォ監督。映像美に力を入れて撮ったと語っています。
自分たちを「ロミオとジュリエット」になぞらえて様になるカップルという点では申し分のない主役ですが、アイドルとは言え主演の二人は撮影時すでに30歳近かった(共に1976年生)。にも関わらず、10代の初々しさまで演じられるのはやはり計算された映像美によるものでしょう。日差し、遊園地の乗り物、建物まですべてが雰囲気を作り上げ、フォ監督にかかれば陽に干したシーツだって立派な愛の小道具になるのです。
映画の舞台は北の街ハルビン。1898年にロシアと中国をつなぐ鉄道の拠点としてロシア人が造った「東のモスクワ」に、当時は26万人のロシア人が住んでいたそうです。二人の住む集合住宅が、どこか『ドクトル・ジバゴ』を思い出させるのです(もちろんこの65年当時、米・伊合作映画の撮影が旧ソ連で許可されるはずはなかったのですが)。
そしてフォ監督作品の世界を作り上げているのは脚本家であり、夫人でもあるスーウー。監督に適した原作を選択し、そして脚本化するというまさに二人三脚です。
欧米の映画だと80sはダサイ、そして日本ではバブルの時代として描かれたりする年代ですが、この作品では中国の80年代を丁寧に描いています。そのひとつが主人公二人の着ている衣装。実は監督と夫人の私物だそうです。
私は一度フォ監督にお会いしたことがありますが、穏やかで暖かみのある方でした。
今年の東京国際映画祭ではコンペティション部門の審査員を努めるそうです(監督夫妻の『故郷の香り』は2003年の東京国際映画祭でグランプリと最優秀男優賞(香川照之)をダブル受賞しています)。
このサイトでも中国女性の怖さはよく書いていますが、ホウ・ジアの母の厳しい性格の描写が秀逸。そして母に背けない息子。一人っ子が多いせいか、中国の男性は臆面もなく母のいいなりの人が多いような。。。それはマザコンと呼ばれるものとはまた質が違う、それは優しさから来るものだと思うのですが、これは研究のしがいがあるテーマですね。ただ中国もこのまま発展を遂げ、都市化が進むと家族の親密さが薄れてしまうのかもしれません。それよりも、出稼ぎで親が長く家を空けている地方の家庭ではどのように親子が関係を築くのかが気になります。
この映画の根底には、ロミオとジュリエットのような境遇であっても生きていればこそ、という願いが込められているのでしょう。死を選ぶ方がずっと楽だった二人が、生きるという長く辛い選択をしたからこそ雪解けがあったのです。恨みを持ち続けるのも、後悔をする生き方も辛い。チー・ランは、最初「愛する人たちに苦しめられる」と言ったけれど、最後に幸せは心の持ちようとも。「好きな人が同じ街にいる、同じ世界にいるだけで幸せにもなれる」そんな境地に至った彼女があまりに切ない。
10月4日(土)より渋谷シアターTSUTAYAほか全国順次ロードショー
2005年/中国/北京語/112分/原題:情人結
配給:ブロードメディア・スタジオ
『僕は君のために蝶になる』
ジョニー・トー監督は一部に絶大な人気があり、映画祭での上映では券を取るのも至難ですが、配給される作品となると数はあまり多くありません。お馴染みの俳優が登場して時に他の作品とキャラが混同する男臭い黒社会ものと、サミー・チェンとアンディ・ラウのカップルで描く軽妙なラブコメ・シリーズ(もう作ることはないようですが)と両極端な印象がありましたが、今度の『僕は君のために蝶になる』は勝手が違います。幽霊が出てくる。。。と言ってもホラーではありません。
バンビのような女性、エンジャ役にはそんな形容が一番似合うリー・ビンビン。華奢ですね〜でもそれがこの作品の、まるで平均台の上をかろうじて歩いているような、身体があっても魂が抜けているような存在にぴったりです。『ドラゴン・キングダム』でも奮闘していた彼女はハリウッド進出を目指しているとも言われていますが、所属事務所との関係も良好で、出演作品にも満足しているようです。今年は歌手活動もスタートさせ、本作品のテーマ曲も彼女が歌っています。
そしてもう一人の主演、アトン役は言わずとしれた人気者、F4のヴィック・チョウ。本作ではほとんどが死後の役ですが、これがはまっています。前途洋々な美しい若者が、もう生身の存在ではないというやるせなさを感じるのです。やはり天下の人気者だけに、超自然的な存在がしっくりくる、そう言われても本人は嬉しくないかもしれませんが、現実的な作品にキャスティングされるには容姿が整いすぎているのかもしれません。
ふとした行き違いや、意地の張り合いで大事な関係を修復する機会を失うことがあります。誤解や後悔を残したままで、相手と一生和解する機会がなかったとしたら。。。それは残された側だけではなく、逝かざるおえなかった側にも未練として残り、文字通り「浮かばれない」存在となってしまうのでは。しかし現実には聞きたい答えを知る術もなく、何とか日々を重ねていくしかないのです。この作品ではヨウ・ヨン演じるアトンの父や、ウォン・ヤウナン(『ハリウッド・ホンコン』、『AV』)演じるエンジャを翻弄させるミステリアスなシューといった存在が媒介となって、同時にそれぞれも傷を癒す、俗に言う「見えない力」を見ているような面白さがあります。
本作はトー監督初の全編北京語であり、ウォン・ヤウナンの北京語吹き替えに、いつもとは勝手が違うラム・シューのエンジャのパパ(!)役といった辺りに違和感が漂うのは否めないのですが、そこは頭を切り換えて見るしかありません。
今回脚本を手掛けたのはアイヴィ・ホー。トー監督がプロデューサーを努めた『私の胸の思い出』(07)のようなラブストーリーから『ディバージェンス ー運命の交差点ー』(06)のような複雑な人間模様のストーリーまで手掛ける才能の持ち主ですが、監督業にも進出しています。そしてトー監督は12月に『エグザイル/絆』の公開が控えています。フランシス・ン、アンソニー・ウォン主演という『ザ・ミッション 非情の掟』ファンにはたまらない配役です。
中華圏の明星(スター)に少しでも近づきたくて中国語を学ぶ人たちは多いと思います。ちなみに私のハンズ・アカデミーの同学(級友)二人は熱心なF4ファンです。今回の来日公演全日程に行くという彼女たちに感化されて、私も1日だけですが、コンサートに一緒に行くことにしました。ロック系以外では初の武道館です。
10月25日(土)より渋谷シアターTSUTAYAほか全国順次ロードショー
2007年/香港/北京語/88分/原題:胡蝶飛
配給:クロックワークス、ツイン
(C)2007 Sundream Motion Pictures Limited All Rights Reserved

『第21回東京国際映画祭』
【アジアの風】前売券が発売になることもあり、東京国際映画祭で上映される中華圏の映画に関して書きたいところですが、映画祭は数多くの映画のプリントがあらゆる場所から集まるため、直前までなかなかまとまった試写を見る機会がありません。今年も「アジアの風」部門では中華圏作品が何本かかかります。その中の1本『私のマジック』を紹介します。主演俳優はインド系、言語はタミール語なので中華圏映画とは言えないかもしれませんが、監督はシンガポールの華人、エリック・クーです。シンガポールに関しては、こちらのサイトでも8月号で『歌え!パパイヤ』を紹介した際に触れています(サイトの下の「8月」をクリックするとバック・ナンバーをお読みいただけます)。また、10月4日発売の「キネマ旬報」10月下旬号にシンガポール映画とその社会背景に関する記事を書きましたので、そちらも是非ご一読下さい。
クー監督は、『歌え!パパイヤ』のプロデューサーでもあり、ロイストン・タン監督も昨年独立するまで彼の会社に属していました。エリック・クーはシンガポールにおいて商業的成功を収めている大衆的な監督とは言えませんが、シンガポール映画が世に出るきっかけを作った監督と言えるでしょう。彼の映画に出てくる人たちは饒舌ではありません。それでいて人と人が繋がりたいと渇望する本能的な欲望が常に描かれ、強い印象を残します。
『私のマジック』の主演ボスコ・フランシスはタミール語の台詞を話していますが、脚本は英語で書かれました。彼が通常話しているタミール語では発音がローカル化したブロークンなもので、タミール語の映画を作るに当たってはタミール語に長けた娼婦役の助演女優がダイアローグ・コーチ(言語指導)を務めたそうです。フランシスもクー監督も、通常一番よく使うのが英語。そしてシンガポールでは中国の影響力とビジネス上の強みから、人種を問わず北京語も必須になりつつあります。日本人の友人がシンガポールを訪れた際、コンビニでインド系の店員が中国語の新聞を読んでいて、北京語で話しかけられたと驚いていました。よりローカルな店などでは福建語をはじめ広東語、客家語、潮州語、海南語といった方言が聞かれます。フランシスも実はタミール語よりは福建語が得意とのことで、映画の中でも一部福建語を話しています。
シンガポールで耳にする北京語も広東語も、北京や香港で聞くものに比べて音が柔らかいのです。ここは中国語の練習をと思い、タクシーの運転手さんと北京語で話してみると、皆さんの言語背景が分かって面白いのです。通じなくても英語に逃げられるし、どこでも人が親切でことがスムースに運ぶ。中国のようにとんでもないことが起きない反面、退屈に感じる面もあり、シンガポール人自身「私たちにはアイデンティティーがない」なんて覚めたことを言ったりしますが、映画を見る限り個性的な波が来ているのを感じます。
【コンペティション】中国映画『超強台風』は、これがコンペ部門に?!という印象です。フォン・シャオニン監督は「特撮オタク」だそうです。ただ映画で起こっている台風は自然のはず。そうすると誰かが身体を張って撮っているのでしょうか。これはかなり凄い。自然災害時に日本では自衛隊が活躍するのと同じ感覚なのかもしれませんが、中国の軍隊とお役人のヒーローもので、これはこれで極めて中国的な映画を字幕付きで見る貴重な機会かもしれません。
そしてもう一本の中華圏作品は『僕は君のために蝶になる』でも触れた脚本家、アイヴィ・ホーの初監督作『親密』。主演がイーキン・チェンとカリーナ・ラウのしっとりしたオフィス・ラブだとか。。。これは楽しみです。イーキン・チェンとカリーナ・ラウの組み合わせの映画は『中国映画の全貌2008』でもかかります。
『中国映画の全貌2008』
イーキン・チェンとカリーナ・ラウ主演と聞くと『恋の風景』(03)では結ばれないカップルだった二人を連想しますが(この作品ではリウ・イエがとてもチャーミングですが)、今回の映画祭で新作として上映される『パティシエの恋』では二人の恋は成就するのか?『恋の風景』ではジミーが描きおろしたイラストレーションが効果的に使われていましたが、『パティシエの恋』ではキャリー・チョウのイラストが、カリーナ演じるジルの「不思議ちゃん」度を高めるのに一役買っています。お馴染みのエリック・ツァンも出ていますし、香港映画のキュートさがあると言えばそうなのですが、男性監督たち(共同監督)の目から見たキュートなのかもしれません。また、一時は日本の華流ブームを担うと言われたモデル出身のフー・ビンも出演しています。彼出演の日本の連ドラ「OLにっぽん」の放送も始まり、ブレイクなるか?
もう一作は『草原の女』。草原とは言ってもロケ地は冬の内モンゴル。シーンはほぼ雪とその中に点在するゲルのみ。新作と言っても2000年の作品。内モンゴルで砂漠化が進んでいることを考えると、今となっては撮れない貴重な映像かもしれません。モンゴル草原が舞台の映画は多く『モンゴリアン・ピンポン』のような秀作もありますが、ここまで雪の内モンゴルで撮れたのは地元出身の監督ならではでしょう。寒がりの私は撮影の過酷さを想像しただけで絶対無理。。。 ハスチョロー監督の秀作、『胡同の理髪師』は2月号で紹介しましたが、監督のルーツと進化が見て取れます。男女の役割がはっきりしている生活で母子だけで生きていくことの苦労、そしてよそ者への警戒。今となっては子供を街へやらざるおえない、草原で生きていくことがもう出来ない自然・経済状況の変化で、屈託のない子供の幸せを考えさせられます。
母親が息子に「りっぱな軍人になるのよ」という発言はプロパガンダめいていながらそれが一般的な希望なのか。それと対比してよそ者の男の平和主義を通す生き方が描かれる。中国の少数民族を描いた映画では街に職探しに行き、街で破滅して故郷に戻るか、そのまま帰って来られないという設定が多い。これはむやみに街には出ず、自分の故郷に留まっていた方が賢明という暗のメッセージなのか。中国の作品も新旧見てみると時代毎のメッセージが分かり、オリンピック年の今年はなおのこと過去と未来の中国について考えさせられます。
中国の旧作を劇場で見る機会を提供してきた『中国映画の全貌』。長年8月に開催されてきたのに、なぜこの時期に動いてしまったのでしょうか。秋と言えば他の映画祭もイベントも目白押しの行楽シーズンです。お盆や年末年始しかゆっくり映画を見られない人もいますし、暑い・寒い時期に映画館に行くのは省エネにもなります。同じ時期に映画祭が重なっては客を取り合いますし、見る側としても身体がひとつしかないので、見たくても諦めざる負えない状況にもなり、残念です。
10月18日(土)〜12月19日(金)新宿K’s cinemaにて開催
配給:ワコー、グアパ・グアポ